2月11日は市政施行74年目の記念日ですが、彦根ビューホテルにて彦根市功労者および文化功労者等表彰式がありました(写真1)。
<彦根市功労者・文化功労者等表彰式(写真1)>

彦根市功労者彰は彦根市の公益の増進、文化の向上その他市勢の振興発展に尽力し、その功労が顕著な方を表彰されるものです。昨年11月の市議会にて彦根市功労者表彰条例に基づいて選出された方々が市議会の同意を得、表彰状と功労章を贈られました。彦根市功労者の中には父親の名もあり、家族を代表して表彰状と功労章を拝受いたしました(写真2)。
<表彰状と功労章の拝受(写真2)>

表彰式での座席は長年彦根市のために尽力されていた杉本君江議員の隣でしたが、温かい言葉を掛けて下さいました。嬉しかったです。
表彰式では各功労者表彰の受章者、感謝状を謹呈された団体別に集合写真も撮影しました(写真3)。
立ち位置はあらかじめ彦根市の方が決められていたのですが、写真を見てビックリ。私(父親)の後ろには花束が。彦根市の方が配慮して下さったのだと思いました。
<彦根市功労者・集合写真(写真3)>

表彰式には議長の大橋和夫議員、副議長の渡辺史郎議員、産業建設常任委員会委員長の佐野正博議員もいらっしゃいました。みんな父親の所属していた会派 新公政会の方々です(写真4)。佐野正博議員は我が家にも良く来られた方で、「お母さんは大丈夫ですか。」と母親のことを気遣って下さいました。
<新公政会の方々と撮影(写真4)>

(左から大橋議員、私、佐野議員、渡辺議員)
会場には同じく新公政会の馬場和子議員も来られていましたので、一緒に写真撮影しました(写真5)。
<新公政会の馬場和子議員と撮影(写真5)>

父親の所属していた会派で父親の同士であった方々とお会いできて良かったです。
表彰式後の懇談会では、私の席は獅山向洋市長の隣りにしていただいており、また、彦根商工会議所会頭の北村昌造様、稲枝商工会理事・稲枝商工会会長の箭野三郎様、曽根沼土地改良区理事長の山田哲三様、大橋和夫議員、佐野正博議員と現在彦根市の発展の旗頭となり尽力されている方々と同席させていただきました。恐縮してしまい殆ど言葉も出なかった。主な話題はひこにゃんや荒神山等についてでしたが、こんな光栄なことはありませんでした。ある意味で、このような機会を与えてくれた父親に感謝します。

現在彦根市では犬上郡3町、愛荘町の1市4町での「湖東定住自立圏構想」を進め、各市町の独自性を尊重しながらも連携を取りながら安心と躍動のまちづくりに取り組まれています。
父親が抱いていた彦根市の未来像、それは生まれ故郷である彦根市の均衡ある発展。一人ひとりの力は小さくても、みんなで力を合わせ、助け合い、お互い相手への思いやりを持って尊重し合い、人の和を広げることで住み良い活気みなぎる彦根市になればと切に願います。
私も父親の遺伝子を継ぐ者として、父親が恥じぬよう、自分に出来る範囲で、彦根市に恩返しができればと思いました。
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また、どの様な御礼の言葉を述べていただろうかと改めて考える時、「市民の皆さん、市長を始め理事者の皆さんのご協力があったからこそ受章させて頂けました。」と、きっと父親は言ったに違いないと私には思えます。
<父親が受章した旭日單光章の写真>

<彦根市議会議員在職10年の表彰を受けた時の写真>

滋賀県 湖東環境・総務事務所長の脇坂様、彦根市副市長の松田様ら4人の方々が雪のちらつく肌寒い日にも係わらず、父親の為に福の知らせを届けて下さいました。伝達式では、県・市関係者同席の下、滋賀県 湖東環境・総務事務所長の脇坂様から勲記と旭日単光章を父親の代わりに長男(一弘)が伝達を受けました。
脇坂様から父親は彦根市議会議員を10年間勤めさせて頂く中で、市議会の常任委員会、特別委員会の委員長、副委員長等数多くの役職を通じて議会の円滑な運営に尽力し、市政運営に多大な貢献をしたほか、幅広く地域活動をしていたとのお言葉を頂戴致しました。
松田副市長からは、地元亀山出張所に駐車場を確保する件については前向きに進んで良かったと思いますと温かいお言葉を頂きました。当該事業は父親が生前に最後の議場にて答弁した内容、また、本当に自分の最も身近な地域住民が良かったと思える事業の一つでした。私にとっても最後に原稿チェックした事業でしたので、過日を思い出し胸に込み上げる思いを抑えるのに必死でした。
父親がやり遂げようとしてきた事業は多く、何れの事業にも課題は山積しており、また時間と忍耐を必要とします。ですが、少しでも父親が手がけてきた事業が成就して欲しいと切に思いました。
恐らく父親は天空にて、このような誉ある「旭日單光章」を拝受できたことを『名誉なこと』と喜んでいると同時に、「皆さんご迷惑を掛けてごめんなさい」と言っているような気がします。
最後になりましたが、彦根市総務部 織田様に於かれましては事前に日程調整をして頂いたにも係わらず、十分な御礼をさせて頂けず申し訳御座いませんでした。
父親は皆様のご支援を得る中で彦根市議会議員を3期勤めさせて頂き、議員としてまさに10年の節目を迎えたところでございましたが、平成21年11月18日午後11時53分、志半ばにして肺炎の為死去致しました。
生前中はひとかたならぬご厚情に預かり、遺族一同深く感謝しております。父親の法名、願生院釈正見。平成21年12月27日(日)、お陰をもちまして滞りなく満中陰の法要を相営み忌明仕りました。
父親は右も左も分からぬ幼少時代に親を亡くしています。そんなこともあり「一人で出来ることには限りがあり、多くの方々に支えられ、励まされ、そして協力して頂けたからこそ今日の私がいる。」と常々話しておりました。
父親は病気で苦しむ方に新薬を早く届けられるようにと製薬会社に勤務し、大学、公的研究機関、企業の産学官連携による医薬品開発に取り組んでいた時期もありました。先日父親と共に医薬品開発をされていた方々にお会いする機会がございましたが、当時の父親の医薬品開発に対する思い、信念、チームワークを大切にして新薬の創出に取り組んでいた父親像が思い出話を通じて私に痛いほど伝わってきました。病気で苦しむ患者さんに新薬を早く届け少しでも役に立ちたいという父親の願い、それは幼少時代に多くの方にお世話になった恩返しの思いもあったのではないかと思います。
退職後は、多くの方々にご支援を頂く中でそれまで歩んできた道とは全く異なる政治の社会に入りましたが、彦根市議会議員としての立場から彦根市が均衡ある発展を遂げることをいつも願い、活動していました。トップダウン形式ではなく、市民の意見に耳を傾け、市民の意見を市政に反映させることをまず最初に考え行動し、市民に身近な議員として市政運営に取り組んでいました。晩年父親が主に今後対応が必要であると考えていた事柄には、①住民基本台帳法の導入に対して個人情報が十分保護されるのかという心配と住基カードの有効利用はできないのか等の課題、②算定基礎の改定により公債費比率が基準を超え23%と県下一になるなど市民の皆さんに不安を抱かせた事項があること、③学校教育については総合学習の導入により週5日制となり、更に体験学習の導入により学習時間が少なくなり今日では学習内容の見直しが行われておりますが、保護者や児童、生徒の動揺があるのではないか等々でございましたが、こういった事項について「今後関係者の方々にご理解を戴くための行動を取って行かなければならない」と、責任と決意を持って議員活動に取り組む意欲をみせていた姿を忘れることはできません。
一方では国宝・彦根城築城400年祭の開催により彦根市のキャラクター「ひこにゃん」の誕生により全国広報ができたことや、引き続き井伊直弼と開国150年祭の開催行事に参加して、意見を具申できたことを喜んでいました。また、国の発信である定住自立圏構想やびわこ近江路観光圏整備実施計画にいち早く彦根市が名乗りを上げられたことに対しても、これら事業実施が彦根市の更なる発展に繋がることから、事業充実に努めたいと熱意を持っていました。
また父親は、「彦根市中南部まちづくり協議会」を通しての活動にも尽力しておりましたが、広域エリアに共通する課題と事業の推進、地域連帯意識の向上と福祉文化施設の充実、そして、現有観光資源の多角的な工夫を主張し、荒神山周辺や山崎山城跡などを観光圏整備法実施の中に組み入れ、自分の故郷を宿泊観光客が増加しじっくり観光したいという気持ちが起こるような素晴らしい観光地にしたいと望んでいました。また、彦根市の人口増と企業誘致を目指す彦根市獅山市長を会長とした甲良町、豊郷町、多賀町の各町長及び副会長を核とした河瀬駅新快速停車促進期成同盟会を組織して頂く中で、期成同盟会の活動が地域活性化の起爆剤になるよう実現化に向けて取り組んでいました。彦根市中南部まちづくり協議会の活動、河瀬駅新快速停車促進期成同盟会の活動も少しずつだが、やっと実績を伴ってきたと喜んでおりました。
家族と過ごす時間をもう少し持って欲しかったというのが本音ですが、闘病中においてさえも最後の最後まで地域の為、人の為に何か出来ることはないかとそればかりを考えていた父親、生涯現役をモットーに日々活動していた父親、まさに有言実行、最後の最後まで地域の方、市民のために力を尽くした父親でした。
彦根市議会議員となってから口癖のように言っていた言葉、それは「市民の皆さん、市長を始め理事者の皆さんのご協力がなければ何れの事業も実施・成就をなし得ない」です。
信念は曲げず、人を想い、優しく、そしてどんな辛い時でも笑顔を絶やさなかった父親でしたが、これからも故郷彦根市の未来と残された家族の事をきっと見守ってくれていると思います。
長い間、父親に対してご支援を賜りましてありがとうございました。
希望にあふれる新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。新入学児童は6年生のお兄さんやお姉さんに手を引かれて式場に入場されました。不安と希望に胸を一杯に膨らましていたと思います。私の入学式は昭和19年で随分昔になります。それでも、先生に叱られた事をよく覚えています。今では誉められたことよりもそれが懐かしく思い出されます。
②平成21年度 彦根市立南中学校入学式
希望にあふれる新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。入学式に参加して自分の当時を思い起こし・・・、中学校生活を1日1日を大切にし、勉学に、スポーツに大いに自分自身を試し、失敗を恐れる事なく、怯まず、色々な事に自ら挑戦する気持ちを持って日々の生活を送ることが大切です。やる時は「一生懸命やる!」、それが大事です。一生懸命やりさえすれば必ず道は開けてきます。中途半端では何も残りません。後悔するだけです。義務教育最後の三年間、これからの人生の基礎づくりをしっかりとして下さい。良い出会い、辛い出会い・・・、様々な出会いがあると思いますが、若い日の出会いは、これからの皆さんの人生においてきっと素晴らしい何かを与えてくれます。どうしょうもなく悩み、追い詰められる時もあるでしょう。その時は信頼できる人に相談する事も1つ、また、「なんとかなるで~。世の中、なるようにしかならん!」と物事を気軽に捉える訓練をする事も大事です。必ず解決策はあります。そんな思いで改めて懐古していました。

①平成21年度 亀山学区連合自治会事業計画案
②平成21年度 亀山学区連合自治会会計予算案
③研修事業案
亀山学区連合自治会総会が平成21年4月10日に開催予定であり、本日作成された原案が審議されます。























